2011年03月17日

プロ野球 開幕すべきか否か

そりゃ可能なら開幕すべきだろうし、不可能ならば可能になり次第、可能な範囲で開幕すべきだろう。

球場の確保や交通問題や省エネのための日程再調整を速やかに行い、準備ができ次第開幕するべきだ。そして一般人も盛んに観戦しに行き、ボッタクリ価格のビールや焼きそばを購入して金を落とし、でもって少しでも経済を活発化して景気をよくして欲しい。

それが今の内に出来る事であり、やるべき事だ。
不謹慎だとか気分じゃないなどと言って先延ばししては、日本経済がジリ貧になるばかりなのだから。
下手に開幕延期したら、近鉄消滅の再来が来るぞ。


ダルビッシュ「ボールを投げたり、バットを振り回したりしている場合じゃない」
金本「野球どころじゃない」「皆が節電しているなか僕達だけが煌々と使っていいのか」
松原徹事務局長「選手は開幕を遅らせても、15連戦やダブルヘッダーで144試合をやり抜くつもりでいる」

では何をしている場合なのか。

野球選手から野球を取り上げては、大半の選手は只のおっさんにしかならない。日本のためにも被災地のためにも働けない、社会のストックを浪費するだけの穀潰しにしかならない。

被災していない人がすべきことは?
それは労働だ。労働して経済を回して潤し足下を固めて始めて余力を蓄え、そうしてようやく他人を援助する事が可能になるのだ。
都市部で停電が生じ、日経平均が乱高下する最中、経済を縮小するような真似は許されない。


ダルビッシュや金本のような高給取りならば収入が途絶えても支障は無かろうが、下位指名の二軍選手はカツカツになってしまう。
選手だけではない。プロ野球に連なる産業の人も路頭に迷ってしまう。高給取り選手ですら、プロ野球の経済効果を弁えていない様子だ。なぜ球技が上手いだけの自分が高給を取れるのか、そのカラクリを理解していないのは悲しい。

働けば援助する側に回れるのに、働かなければ援助される側になってしまう。社会のストックを被災者と奪い合う羽目に陥る事は避けなければならない。
だから働ける人は働ける間は可能な限り働くべきなのだ。


開幕に反対している選手は、開幕をいつまで延ばすつもりなのだろうか。そして伸ばして空いた期間に何をするつもりなのだろうか?

プロ野球興業を縮小する事が日本経済にどれだけ悪影響をもたらす事かに考えが及んでいないようだ。
練習?募金活動?
どちらも現時点の財を消費する活動である。援助・復興のためには同程度に財を生まなければ、そのうちに募金援助も復興も立ちゆかなくなってしまう。
募金は経済活動ではない。募金と仕事を同一レベルで考えている輩が多いようだが、片やストックを切り崩す作業、片やストックを増やす作業。次元が異なる活動だ。
せっかくプロ野球選手なのだから、募金活動を行うよりも可能な限り興業して稼いだほうが日本のためにも被災地のためにもなるのだ。


野球とは何なのか?
野球はスポーツであり娯楽だが、プロ野球選手にとっては仕事だ。それも巨大な関連事業を持ち大きな経済効果を生む事業だ。
球場などのインフラを必要とするが、すでにインフラが整ってさえいれば、そして屋外デーゲームであれば、さほどの原料を必要とせずに大きな富を生み出すことが出来る産業だ。それはトップ選手の年俸額を見れば明らかだ。
被災した日本を立て直すのに持ってこいの産業ではないか。仕事をする事は不謹慎ではない。


開幕を送らせるにしても、一、二ヶ月で電力や被災状況が自体が好転する訳がない。それでは連戦やダブルヘッダーで取り戻せなくなってしまう。
むしろ原発の状況が悪化してしまい、興業が完全に不可能になる可能性がある。今は働ける内に働けるだけ働いて可能な限り経済を潤しておくべき時だ。

選手達は、自分達が働くことが出来ない環境だというならば、あてのない延期など主張するのではなくて働けるように行動すべきだ。
ペナントレースが縮小したら近鉄消滅の再来が有り得るのだから。球団が何故開幕したがるのかに思いを馳せた上で主張と行動をしてもらいたい。
延期せずに済むように、代替球場確保や、契約反故の補填巡業など採るべき手は数多ある。
どうしても延期したいというのならば、景気と球団経営を考えて、代わりとなる興業を提案しなければならない。


電力については、不幸なことに東日本と西日本の周波数が異なるので、西日本で必死に節電に努めても効果は薄い。
ならば、西日本で可能な限りプロ野球を興業するのだ。あるいは東日本の屋外球場でデーケームを行うのだ。煌々と使えないならば使わなければ良い。

日本のプロ野球には70年の歴史がある。70年前にどれだけ電力を使用していたというのか。
電力はあれば便利だが野球プレーに必須ではない。電光掲示板などいらぬは。ドームでのプレーは諦めろ。日中にどこぞの市民球場でプレーすればよろしい。カープなんぞはちょっと前まで市民球場を本拠地にしていたのだから、プロ野球をするのに不足不備はないはずだ。

縮小したリーグ戦だろうが、東西対抗戦、セパ対抗戦、なんでも構わない。独立リーグとの協力だってすれば良い。その調整のための延期ならば分かるが、選手会や世間の反対論は展望の無い先送り延期でしかない。

客を入れる球場が存在し、そこに2チーム集えば仕事が出来る。そこが北海道だろうが九州だろうが、日本中どこででもだ。それがプロ野球興業の強みだ。被災地を本拠にしている楽天ですら、興行を行う事自体は可能だ。普通の商売ではそうはいかない。
そして、被災も節電・停電も東日本の話だ。西日本ならば興業できるのに、そんな強みをドブに捨てようというのか。出来る所で出来る事を出来るだけすれば良いだけの話なのに。

これまでのように快適な移動や宿舎は望めないだろうし、数試合でスパイクなどの道具を使い潰して取り替えるなんて贅沢も出来なくなるだろうが、それでも一昔前に比べれば劣悪とは言えない。それに条件はどのチームも同じだ。
規模は小さくなろうとも、興業自体は可能だ。


興業したら叩く奴らが出てくるだろう。野球している場合か、と。
その批判に耐え、少しでも可能な限り日本経済を興す事が被災地のためにもなるのだ。被災地を援助するためにそうしなければならない。被災地の前に日本を支えなければならない。そうしないと被災地を支える事はできない。
そのためには、プロ野球選手は野球をするしかない能が無い。募金活動は暇な時にすれば良い。仕事を休んでまで行っては本末転倒だ。

被災地へのフローを確保するためには、とにかく全体のストックをその分増やし続けなければならない。目一杯に生産と消費を行い資本を回さなければならない。西日本を中心にして稼ぎ消費して、生じた余剰を復興に回せば良い。先々、動き始めた東北の経済を軌道に乗せる事も考えなければならない。


新沼横浜選手会長「25日に気持ちが向かっていかない」
宮本選手会前会長「納得できる理由が何一つなかったので“無理です”と言った」

幼稚すぎる。
余震と停電と節電の間隙を縫って働いている身としては信じがたいアマチュアリズム。草野球か。

リスケジュールのために延期する等ならばともかく、納得とか気持ちとはなんとも生ぬるい事をほざく。嘆かわしい。出来ることをしなければならないのだから、働け。
野球選手が野球興業するにの納得できる理由などいらないだろう。社会人として、自分達が働けるように奔走すべきだ。

本来ならば選手こそが「野球やっている場合じゃないとお叱り受けるかもしれませんが、生活かかっているんです。日本経済のためでもあるのです。興業やらせて下さい」とお願いする立場だろう。
非被災地でも商売に支障が出始めて世間がピーピー言ってるというのに、なぜこんなにも悠長なのだろうか。球団は試合するな、でも年俸は満額払え、が当然の事と考えているのか。

調整不足についても、全チームの条件は同じだ。キャンプが行えなかったというのならばともかく、オープン戦が行えるのならば充分と考えなければならない。例年でも開幕当初の調整不足ぶりなど別段に珍しくもない。
むしろ開幕を延ばせば、本拠地の違いによるチーム間の調整の差は開く一方である。

選手の主張は、現状の問題点を捕らえてはいるが、延期・中止によるデメリットにも具体案にも考えが及んでいない。ただなんとなく開幕に反対しているだけだ。

被災者に分けるべき社会の富を悪戯に浪費しないためには、己の食い扶持を己で生み出さなければならない。どうしても理由が必要だというのならば、それで充分だろ。
それでもイヤだというのならば、興行結果から選手の取り分である年俸をそっくりそのまま寄付する、とでもすれば気持ちの整理もつこうに。

ただ延期を主張する輩は、いつまで何のために延期するのか明らかにすべきだ。いつになったら気持ちが向かうというのか。いつになったら電力不足が解消するというのか。
数ヶ月で好転するなんて考えているとしたら脳天気としか言えない。最も電力消費量が増すのは夏なのだから。

どうも現状を最悪としか捕らえていない人が多い。
まだ最悪とは限らない。まだ被災は止んではいない。
日本経済にしても、被災・原発にしても、まだまだ底は知れないというのに。
選手は問題点を挙げて延期を主張しているが、その問題点は延期した所で勝手に解決するものではないのに、なんら解決策を提示しない事には呆れる。


球団は球団で、ドームやナイターに拘っているようだ。
確かに東日本のドーム球場の運営会社は、このままでは倒産の危機だ。球団としても違約金を支払わざるを得ない。強行開催を主張したがるのも分かる。社員や取引先がクビを括る填めはさけなければならない。
しかし、球場での停電発生は観客を危険にさらすことになる。勇気を与えるだとかお題目は唱えず、率直に経費面での窮乏を説明し、東電や選手側に負担をお願いするなど、問題をクリアするための動きが無いのに呆れる。


近鉄球団消滅の際にも思ったのだが、選手は綺麗なことを言う割に解決策を模索するでもなく、年俸半減等の身銭を切るでもない。球団も選手も存続の危機に瀕している事が理解できていないようだ。
球団は情報公開が足りない。
球団も選手もプロ野球全体を見渡した案が出せないようだ。問題点の切り分けと共有が出来ないので、交渉が成立せずにケンカを始めるクセを直せないものか。
そのための存在であるコミッショナーが機能していないのが致命的だ。


復興には短期・中期・長期の観点で挑まなければならない。今は寄付が集まっているが、次の災害がどこかで生じたり時が経てば寄付は止んでしまうものだ。
短期には復興特需が発生するが、東日本の生産力は桁違いに落ちてしまっているのだから、中期・長期に日本の生産力と景気が悪化して経済が縮小し、復興が落ち込む事は目に見えている。
だから国内の経済力を今のうちから可能な限り潤しておく必要がある。

災害を避ける事ができた地域・人は、節約すべき物資以外の消費を自重してはいけない。積極的に所得を得て消費に回し景気を興すべきだ。
東日本では物資の安定供給化と節電を行いつつ、一方の西日本では経済活動を活発に行わなければならない。プロ野球はそういう器用な興業ができる優れものなコンテンツだ。眠らせてはならない。


プロ野球は娯楽を提供するサービスである。娯楽は励ましたり勇気を与えたりするものではない。それらは副産物でしかない。プロ野球は興業だ。勇気を与えられないから興業をやめる、などという考えなどあり得ない。
プロ野球選手に出来る最大の社会貢献活動はプロ野球なのだ。他活動は枝葉に過ぎない。

働ける人は働ける内に働くべきなのだ。状況が悪化して来月には働きたくとも働けなくなっている可能性があるのだから。

自分の食い扶持を生み出さなければ、食い扶持を他人に分けることなど出来るわけがないのだから。
タグ:野球


posted by 塗りかべ at 21:19 | Comment(4) | TrackBack(0) | 野球
この記事へのコメント
納得です。

一般のサラリーマンが「気持ちが入っていかないから働けない」では、クビになるほかありません。
選手側が具体的な延期スケジュールやデイゲームの提案などしているならわかりますが、気持ちの問題で話をするのはどうかと思います。
とても参考になりました。
Posted by ジン at 2011年03月18日 11:46
同感です。報知のブログを書いていますが、あなたのような前向きな意見は少ないです。心強くしました。

http://weblog.hochi.co.jp/hiruma/2011/03/post-d6ea.html#more

できるならコメントも読んでみてください。
できるだけ反論も掲載してあります。
Posted by 蛭間豊章 at 2011年03月20日 10:39
もし出来ましたら、トラックバックしていただけませんか
Posted by 蛭間 at 2011年03月20日 11:59
ありがとうございました
Posted by 蛭間 at 2011年03月20日 13:12
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